作者メモ

思い付いたことをいろいろと

リンク?


船橋電鉄 (2018/06/02)

「路線のアイデアはポンポン出てくるのに『一つの架鉄』としては続かない……」という感じなのが(アイデアが出ないよりはマシなのかもしれないですが)

それはそれとして、船橋電鉄(前に作った船橋急行電鉄とはまた別)を起こしてみました。こちらにしても当初は「船橋版遠州鉄道を作ろう!」というつもりだったんですが、高根台や古和釜方面に線を分岐させたら全然違う路線になりましたね……。まあその分だけ車両数も増えているのでいいか?(船橋~小室間だけだと6両×6本+予備ですが、八栄橋~車方を加えると4両×6本を増やせる)

習志野電鉄R その2 (2018/02/22)

「戦前の車両がまるで思い浮かばなくてダメかな」と思っていたんですが、戦前は非電化だったことにして、その辺をうやむやにすることにしました。あと全線3両編成にすることにしました。

習志野電鉄R (2018/02/17)

そんなこんなで習志野電鉄のリメイク版架鉄「習志野電鉄R」始動。例によってまたそのうち飽きると思いますが、せいぜい飽きるまで楽しんでいくつもりです

思い返せば、習志野電鉄に似たような路線を何度か考えている(ちばジェイサイドラインシン・習志野電鉄)あたり、未練があるのかなと思ってます

ちなみに同じ「習志野」を走っていても、習志野電鉄由来ではない架鉄もあって(少なくとも自分ではそう思っている)、習志野電車とかそっちの方は習志野都市高速鉄道由来ですね。「『習志野電鉄』と『習志野都市高速鉄道』の違いはなんだ」と言われると、自分でも分からないところはありますが、「三山~実籾間を経由しているかいないか」になるのか。いや、実籾駅から北に続いていく旧道(?)っぽい道が好きなんですよ。あそこに架鉄を通したい(そして習志野電鉄Rを一定レベルには形にしたい)

この他、習志野電鉄で不満だった部分として、薬園台がターミナルだったことで……。新京成が戦後開業というのは承知で、戦前の開業時には成田街道にでも引っ付けて、新京成が出来てから薬園台まで伸ばせばよいと考えていました。しかし、津田沼以外であの地域の中心となると、二宮村役場(現在の二宮出張所)とかになるんでしょうが、そこだと薬園台と遠いし、成田街道を二度越えないといけないということで悩んでいた部分でもありました。結局、新京成にしろ京成にしろ、比較的後にできる(京成線津田沼~酒々井間開業が1926年)ということもあり、自前で津田沼まで延ばすことにしました(思い返せば、新京成・京成依存の路線の癖に、車両面等で両社から独立志向があったのも違和感があった部分か)

また幕張まで伸びているのは、かつて実籾と幕張は同じ町(幕張町)だったためで、「それなら実籾の人間は幕張の方に移動するわな」と考えたためです。その結果、津田沼から幕張まで大回りする結果となっていますが……(総武線が4.9キロ、習志野電鉄が9.7キロ)。まるで鉄道連隊みたいだ

なお、車両をどうするかは全く決まってないんですけどね。決まっているのは、二宮幕張線と東習志野線を2両、大久保線を3両とすることのみ

郡山観光電鉄の車両メモ (2018/02/01修正)

  • 須賀川線(1435mm、18m級3ドア、最大3~4両)
    • 1912年:1形(路面電車的車両)
    • 1926年:30形?(1形置き換え用の「鉄道化」した車両)
    • 1931年:50形?(増備車、電動カム軸制御を採用)
    • 1941年:150形(登場時は制御車の2ドアセミクロスシート車。当初クロスシートとして登場したが、時勢によりロングシート化された。また電動車・100形を新造してペアを組ませる予定だったが、諸般の事情により制御車・150形のみのデビューとなった)
    • 1946年:200形(少数ながら新造)
    • 1948年:300形(運輸省規格型、16m級3ドア)
    • 1952年:500形(制御車、全金属製、17m級3ドア)
    • 1953年:架線電圧を直流600Vから直流1500Vへ?
    • 1954年:700形(MT編成・TD駆動の車両、17m級3ドア)
    • 1967年:郡山急行日和田線開業、800形新造(18m級3ドア、2両編成?)
    • 1972~1973年:750・780形(京成750・2250形を購入した車両、つりかけ車を置き換えへ)
    • 1975~1978年:800形増備車(冷房付、18m級3ドア、3両編成?)
    • 1990年:猪苗代線から車両が転属(元2000系)、空港延伸による新型車両として使用?
    • 1993年:福島空港延伸、900形を新造?
    • 1998~2005年?:京浜急行700形(二代目)を購入?
    • 2004年?:100形新造(18m級、VVVF車)

  • 猪苗代線(1067mm、20m級2~3ドア、最大6両)
    • 戦前に軍用鉄道として開業したが、レールは終戦直後に払い下げられたため、レール・枕木等は自前で調達する必要があった。
    • 1953年:郡山~大槻町間開業、1000・1500形(つりかけ/17m3ドア/2両編成/ロングシート)を導入
    • 1961年:大槻町~湖南温泉間開業、1100・1600形(カルダン/20m3ドア/3両編成/ロングシート)、2000系(カルダン/20m2ドア/3両編成/セミクロスシート)
    • 1967年:国鉄線からの電車列車乗り入れ開始
    • 1960~1970年代?:宅地化の進行により1100・1600形を追加新造
    • 1971年:457系ベースの車両、3000系を新造(3両編成2本)
    • 1973年:オイルショックによるマイカー控えから利用者が急増。中古つりかけ車を追加導入して1000形の増結に充てられた。また国鉄乗り入れに備えて6両にしていたホームを活用する形で、自社線列車でも6両運転を実施
    • 1979年:つりかけ車置き換えを目的として5000系を新造(20m3ドア/3両編成/セミクロスシート)。なお、後に1100・1600形の余剰車両を組み込み4両化したり、はたまた併結したりで6両編成を組むこともあった。
    • 1987~1989年:特急用の7000系を新造(20m2ドア/2両編成/転換クロスシート)。観光電鉄としては普通列車にも7000系を用いる予定だったらしいが、さすがに混雑に対応できないことから、特急置き換え分のみの新造で終わった。なお、置き換えられた2000系は、車体新造・走行機器流用・1435mm台車への履き替えにより、須賀川線に転属
    • 1995年代時点では、3000系(JR線乗り入れ用)と5000系、7000系の陣容となる。またJRで余剰となったサハネ581形式1両を購入し、3000系の中間に挟んで運用したこともあった。
    • 21世紀に入った後も、3000系は臨時昼行列車「いなわしろ」や臨時夜行快速「ムーンライトいなわしろ」として堂々上野駅に乗り入れることもあった。しかしこの頃に入ると、アコモ改良でリクライニングシートにしたとはいえ、老朽化が隠せない部分も出てくるようになった
    • 最終的にJR線内での同系列車引退もあり、2008年をもって乗り入れが終了した
    • 2019年には地下線移設により、5000系の置き換えが予定されている。また7000系はリニューアルにより、継続使用する予定だという

千葉高速、熱入らず? (2017/11/28)

千葉高速は完全に飽きたという訳ではないけれど、停滞している内に郡山観光電鉄という、新しいおもちゃに夢中になったという感じです。俺の場合、飽きる前に走り抜けろって感じなのか

とりあえず車両規格については、須賀川線が18m級3両・標準軌・直流1500V、猪苗代線が20m級6両・狭軌・直流1500V(ただし現在は6両フルでの使用は臨時含めてなし)というのは決まっています。ただ須賀川線の車両がねえ……なかなか「これがいい」ってのがない。猪苗代線の方は「1989年製造、軽量ステンレス、2ドア転換クロスシート、MT61で5.19、MT編成」みたいなのは決まっているのですが(「213系じゃん!」とは突っ込んではいけない)

なお、以下が作成までの経緯を羅列したものになります
  • なんとなく郡山周辺の地図を眺めていたら、なんか路線が浮かんでくる
  • 郡山~須賀川間の路線とか行けそう?
  • 川東まで延ばして、「末端の須賀川~川東間が存廃問題が浮上してる」という設定いいよな
  • 川東から6キロぐらい延ばせば福島空港じゃん……。でも6キロって少し長いよね
  • うーん……(脳内会議) ええい延ばしちゃえ(→須賀川線に)
  • 軍用道路(現・うねめ通り)なんてあったんだ。どこぞの習志野市みたいですな
  • これを鉄道化して、戦後に観光目的で磐梯熱海まで延ばしたとかよさそう
  • でも須賀川線を福島空港まで延伸すると結構な距離だぞ……。こっちの路線いらねえかなあ、あと磐梯熱海だと磐越西線と被る
  • あっそうだ、観光電鉄系でやってみたい車両があったんだ。やろう。路線も目的地を猪苗代湖の裏側にしておけば被らないし、ルートもほぼ真っ直ぐになる(→猪苗代線に)

千葉高速2 (2017/11/06)

千葉高速をガンガン更新している現状に合わせて、千葉高速を「作成中のもの」に、その他気まぐれで不定期更新しているもの(空想鉄道で作ったものなど)を「ゆるゆるやっていくもの」に移しました。

あと「千葉高速の世界には千葉都市モノレールは存在しない」という方向でいろいろ進めています。これには三つの理由があって、一つ目はモノレールを存在することにすれば真っ直ぐ千葉に行けず、真っ直ぐ千葉に行くにはモノレールを存在しないことにする必要があったこと、二つ目は現実のモノレールに関する情報を漁っていると「無くてもよかったんじゃね?」みたいに思ってしまったこと(とはいえ幼い時に千葉モノの存在感に圧倒されて感傷的な部分があるのもまた事実なんですが)、三つ目は「この世界の千葉モノは現実のものと路線が違う」と「この世界に千葉モノは存在しない」では後者の方が説明として圧倒的にシンプル、といった理由からそういう風にすることにしました

「無理に千葉に行かなくてもよくね?」と思った人もいるかもしれませんが、無理せず千葉に行かなかった(稲毛をターミナルとした)結果、一回千葉高速がコケたのでね……。千葉まで通したのは意地です

千葉高速 (2017/10/31)

千葉高速鉄道はネタが出たり出なかったりなので、メニューに新規カテゴリ「ゆるゆるやっていくもの」を追加

南海電鉄の試作チョッパ車(1本のみ新造、後に抵抗制御化)が萌えたのと、「千葉県の三セクと言えばセミステンレス車に界磁チョッパだよな!(それ北総と住都公団だけだし、そもそも千葉高速は県営鉄道でスタートなんじゃなかったのかい? 総武通快君)」ということから、車両面ではそういう感じの流れを検討中です。抵抗制御と電機子チョッパ制御は同じ直流直巻モーターを使用しますが、チョッパの方では回生ブレーキを使用する関係でモーターの特性が異なるんですよね。そのあたりもうまく絡められたらなと

なお、習志野電車はどういう感じの車両にするか忘れたので、当面は更新終了扱いとします。ダメじゃん!

LRTはまた別架鉄で (2017/9/20)

いろいろなアレやソレを考えたら、別の枠組みでやった方がいいかなと思った

津田沼LRT線 (2017/09/18)


現代の習志野市にLRTを敷くとなると(2013年頃開業を想定)、こういう形態になるのかな……。なお屋敷から先は幕張本郷や鷺沼台への延伸も考えたものの、うまくまとまらないので棄却

不要不急線 (2017/09/16)

そういえば戦時中には路線が複数あったり複線だったりして、片方の路線や線路が剥がされたことがあったようですが、習志野電車の場合は3線存在してたことになるようです。一つ目は京成、二つ目は鉄道連隊線、三つ目は習志野電車。京成は広域の鉄道なのでセーフ(現実でも「津田沼~大久保間を廃止せよ!」なんてのはなかった……はずだしな)、鉄道連隊線は軍事目的なのでセーフ、じゃあ習志野電車は……? 軍の威光を借りようにも鉄道連隊線が既にあるし、そっちが近いので無理ぽという。

まあ不要不急線に指定・廃止されたからといって「戦後に復活しちゃいけない」という訳ではない(むしろ現実の大久保界隈は戦後に鉄度連隊線の活用を訴えていたらしい)ので、普通に復活させていいんじゃないかと思います。むしろその方が習志野電車の趣旨ともいえる「軌道から高架新線へのアップデート」が容易に図れるんじゃないかともいう。

なんですが、戦後にレールの生産を再開したのが戦後しばらくしてからというのと(何年か忘れた)、払い下げを狙おうにもレールを生産してないので当然競争が激しかったという話があったそうなので……あんまり適当に設定できないのです。戦後すぐに開業した新京成も、レール枕木を西武に譲り渡した上でのスタートなので、茨の道だったそうなのです。まあ津田沼~大久保間は2キロ弱の路線なので何とかならなくもなさそうなんですけどね……。

作りたい架鉄が作れた (2017/09/13)

習志野周辺の架空鉄道はいろいろスタイルが定まらず、試行と放棄の繰り返しでした。とりあえず、路線面に関しては習志野電車で納得いくものができたかな、という感じです。あとは車両面を詰めていくだけなんですが、こちらに並行して習志野都市高速鉄道というのもやっているので完成できるかどうか……。もちろん期限はないし、「空いている時にこっちをやればいいじゃん?」というのはあるけれど、期間が空くと設定を忘れたり、熱意がなくなったりで面倒なんですよね……。まあうまくやっていくしかない

え・ん・し・ん・し・た・い (2017/6/25)

2003年ぐらいに白井に延伸しようかとおもっていますが、そうすると車両を造らないといけなくなるんですよね……なもんで4000系を1本だけの存在から増やそうと思ってます

孤高の存在ではなくなるものの、重要な要素という訳でもないので変更します

ジェイサイドラインの予定 (2017/6/18)

7月に6000系2本目投入、秋頃に4000系機器更新みたいなスケジュールでやろうかと思ってますが、予定は未定。

あと、J-SIDEラインの車両搬入は1981~1996年(2000系や3000系導入時)のものが抜けてますが、それはおいおい。「幕張」という地を生かしていろいろやりたいかなとは思いますが、そろそろ画像を使わないと説明が大変そうなので、今は後回し(前にどこかで書いた気がするけど、スマホからだと画像がアップできないのよね……そして俺は今PCを持っていない)

J-SIDEライン (2017/6/8)

これが自分の中で一番しっくりくる

そしてまあ、いろいろあって千葉高速でも進めようかと思ったんですが、設定資料が散逸していて、今更組み直す気にもなれなかったんですよね……(と言いつつ路線の拡大を追加してますが、これは記憶や何やらから組み立てられた)

そんなわけで今後はJ-SIDEラインをいじっていきますかね

千葉高速の車両再考(2017/5/30)

  • 1100・1600形
    • つりかけ車
  • 2000系(1968~1978年)
    • 普通鋼・抵抗制御車・コイルバネ台車
  • 3000系(1979~1982年)
    • アルミ・チョッパ・Sミンデン
  • 2000系再増備車(1983~1985年)
    • セミステ・抵抗制御・Sミンデン
  • 4000系(1986~1995年)
    • 普通鋼・界磁添加励磁制御・ボルスタレス台車
  • 5000系(2001年~)
    • 軽量ステンレス・VVVF・ボルスタレス台車・2M4T

とりあえず(2017/3/9)

あまり長いとアレなので、ページ名は「Jサイドライン」で行きます

決まらぬ名称(2017/3/7)

とりあえずジェイサイドラインをスタートさせました。

北習志野~実籾のあたりを見て気づいた方がもしかしたらいるかもしれませんが、実は習志野電鉄のリメイクなのです。まあいろいろと未練があるのですが、本題から外れるのでそれはともかく。

で、本題。一応社名は「ちばジェイサイドライン」ということで決めたのですが、「ジェイサイド」とカタカナ表記だとどうしても「ジェノサイド」が脳裏に浮かんできてしまうのですね。なので「ちばJサイドライン」というのもありなのかもしれないと思った……けどこれもそんな変わらんな。

なお、ページ名が「ちばジェイサイドライン」ではなく「ジェイサイドライン」と、頭の「ちば」を省略したのは、なんか蛇足感があったからです

整理するとこんな感じに
  • 社名は「ちばジェイサイドライン」
  • (正式な)路線名は「習志野開発線」
  • 案内上の名称は「ジェイサイドライン」
  • ページ名は「ジェイサイドライン」

うっわ、統一性が全くねえ……

ただ、このままだと名称がいつまでたっても決まらなさそうだし、「ちばジェイサイドライン」にしますかね……そういうわけで、もしリンクを貼られる奇特な方がいらっしゃいましたら、リンク名は「ちばジェイサイドライン」でお願いいたします

ブログで架鉄をやってた時にも思ったけど(2017/3/1)

一発ネタが合ってるのかもしれないなと

なお超内輪ネタなのですが、コピペ改変系谷津通過、一応舞台はどちらも同じ京成線というね……

話が二転三転してますが(2017/1/22)

千葉高速鉄道の更新は当面保留とします。こまごまとした修正(下に書いたデータベースとしてまとめるなど)は気が向いたらするかもしれませんが、車両や路線などのコンテンツを新規に作る予定はないです。

代わりとして息抜き系架鉄を二つほどやろうと思っています。一つは空想鉄道で、これは作成したら随時こちらに反映していきます。もう一つは総武通快電鉄(仮称)で、所持しているNゲージの紹介をしていこうと思います。家中鉄道の後継的なページですね。

ただ、現在PCが壊れていてスマホから更新しているのですが、FC2wikiの画像アップロードとホームページの更新はパソコンからでないとできないみたいなのです。また代替及び修理の目処は立っていないため、当面はこれらができない状況です。まあ画像の方はアレしてコレすれば何とかなりそうなので、そこまで問題にならないかなとは思っています。

まだやる気は残っていた(2016/12/31)

新しい架鉄はやる気になれなかったので相対的なものかもしれませんが、「やれそうなものからやろう」ということで駅一覧(千葉高速)を新設しました。でも路線も年表も駅も大した情報量はないし、一つのページ(データベース?)にまとめてしまっても良かったのかもしれない。まあそのあたりはその内に。

脇に置く(2016/12/29)

習志野都市高速鉄道で京成の旧形車両を調べていた関係で、「京成の中古車を受け入れる系の架空鉄道とかいいよな……」と思ったのですが、千葉高速鉄道は1067mmでやると決めたのでそれはできないよなという。あと千葉高速自体自分の中でいろいろ冷めてきた。

じゃあ新たに何かやるのかと東金電鉄あたりがいいんじゃないかと思いましたが、正直二足わらじはきついし、結局両方更新ってできてないよなということで、こちらは一旦脇に置きます。

まあ以前からこちらは放置しているので、実質的には現状と変わらないのかもしれないのですが、「あれもやらなきゃいけないこれもやらなきゃいけない」は(自分の中で)いろいろと負担になるので、その整理のためにここに書いた次第です。別に誰かに向かって言ってるわけではないです。

自分のペースでやるのが一番 (2016/12/24)

現状は習志野都市高速鉄道の方へ優先的にリソースを割いているのでこっちがあまり更新できていませんが(あっちもあっちで楽しい)、その合間合間にやってきます(恒例のやるやる詐欺)

なもんで、自分のコンディション、抱えているタスクなどを見つめながら、ゆっくりとやっていきたいと思いますです

千葉高速の車両 (2016/12/11)

最初の車両は国鉄からの譲受車(1100・1600形)、次の車両は鋼製車体・抵抗制御の新造車(2000系)、その次の車両はアルミボディ・電機子チョッパ制御の新造車(3000系)とまでは決まりました。

ではそれ以降をどうするか。3000系がアルミにチョッパなどという高価なシステムを採用したのは、県営鉄道が通勤電車の理想を追い求めたためではないかと思います。

しかし、県営鉄道では路線延伸が進んできた1970年代を境に利用者が急増。その急増していた最中に3000系は新造されていました。利用者増加は車両数新造にも表れており、2000系が1968年から1978年の11年で48両しか新造されなかったのに対して、3000系は1979年から1982年の4年で30両も新造されました。両数では2000系が上ですが、年あたりにならすと2000系は年4.4両、3000系は年7.5両となり、倍ほどの差があります。

結局3000系は30両で打ち切られ、以降は安価な方式の回生車が導入されるのだと思います。

そしてこの「軽合金車体と半導体制御は高価」というトラウマをズルズル引きずり、21世紀に標準車両が登場してもなお「鋼製車体に拘ろうとした」となると面白いのかなと思いました。……とはいえ、そこまで行くとメーカーから「いやいや今は軽合金もそこまで高くないから」みたいになるのかもしれないのですが。まあこのあたりは検討中です。

そんなわけで「自分の架鉄史上初の界磁チョッパ制御を導入するかも?」という話でした。つい最近まで国鉄・JR準拠で車両を考えていたので、私鉄系のシステム(と言っていいのか知らないけど)を入れたことがなかったのよね……。

  • 最終更新:2018-06-02 21:09:19

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