J-SIDEラインの概要

概要

  • 会社名:ちばジェイサイドライン(Chiba J-SIDE Line)
    • 由来は、路線の形がJに見えることやベイサイド(湾岸)を走ることから、それらを組み合わせて「ジェイサイド」とした
    • 2010年までは習志野開発鉄道という名称だった
  • 路線
    • 習志野開発線(北習志野~幕張本郷、13.5km)
    • 開発北部線(北白井~北習志野、13.3km)
  • 規格:直流1500V、軌間1435mm
  • 備考

あゆみ

開業前

湾岸地区の開発と内陸を調和させるため、以下の開発線計画が浮上
  • 計画線
    • 開発1号線:北習志野~実籾~幕張~(湾岸)~東京方面
    • 開発2号線:西船橋~東葉勝田台
  • 注釈
    • 1号線の湾岸部分は、当時京成が申請した新線と重複することから、乗り入れや一部建設費を負担し共同運行をする方向で検討していた
    • この他、1号線は国鉄への暫定乗り入れを考慮し、三線軌条とする予定であった
    • 2号線は営団勝田台線に変更され、計画を取り下げ

1960年代

  • 1966年
    • 北習志野~実籾間(4.9キロ)が暫定開業
    • 20m2両(ホームは6両分、用地は10両分確保)で運行を開始し、東京延伸時に備えている
    • 京成と共同運行とする際、開発線側は狭軌とし、湾岸区間の共同部分で三線軌条とする予定であった。しかし、それではコスト増になり、また暫定案の国鉄線乗り入れも、本数が既に逼迫しており乗り入れる余地がなかったことから、京成と同一の1435mmで建設

1970年代

  • 1970年代中頃
    • 京成の経営悪化から湾岸区間の延伸を見直し
    • これを受け、国鉄の東京外環状線(現在の武蔵野線、京葉線)の旅客化を要望し、代替することになる
    • この時点では、路線は複々線として、旅客線(標準軌)と貨物線(狭軌)で分け、開発線は旅客線部分に乗り入れる方向で検討

1980年代

  • 全般
    • 1980年代に入り、東京外環状線改め京葉線は複線開業(狭軌)に変更し、旅客メインに転換
    • この時に複々線化時に標準軌線を新設して乗り入れる方向となるが、複々線化そのものは開業後の利用状況を見て判断し直すことに

  • 1981年
    • 実籾~幕張間(3.2キロ)延伸
    • 同時に複々線化された総武線幕張駅には、快速線ホームは設けられず
  • 1986年
    • 京葉線(西船橋~千葉みなと)開業

1990年代

  • 1991年
    • 京成幕張本郷駅の新設及び幕張本郷発の連接バスの運行が始まる

2000年代

  • 全般
    • 幕張本郷~海浜幕張間の連接バスで混雑が露呈するようになり、これを習志野開発線の延伸(幕張~海浜幕張~幕張本郷)で対処へ
    • 1991年に運行が始まった連接バスの老朽化や排ガス規制等により、2010年に引退させ同時に延伸させる方向で調整

  • 2003年
    • 北習志野~北白井間を延伸

2010年代

  • 2010年
    • 4月1日:路線延伸後は、路線がJの字になることから、社名を「習志野開発鉄道」から「ちばジェイサイドライン」に改称
      • なお路線名は「習志野開発線」のままであるが、案内上は「ジェイサイドライン」が用いられる
    • 4月24日:幕張~幕張本郷間(5.4キロ)が開業
    • この延伸を機に、東京方面への通勤路線から地域内の路線に方針を転換することになる

  • 2010年代中頃
    • 京葉線の複々線化(新木場~市川塩浜)が検討されるようになるが、前述の方針転換からジェイサイドラインは参画していない

  • 最終更新:2017-07-31 06:55:31

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